インターネット老人おぢさん

2020/01/15

最終更新:2021年01月16日 04時58分08秒(初公開:2021年01月14日 18時07分75秒

2020/01/15

今日などまだ始まって3時間足らず、そろそろ眠くなったしこの時間に日記をつけるのは未来予知のようなものでしかないが、今日の私にはまだまだやらねばならない事がある。
おそらく最終日になるかもしれないから、明日付けで結果を報告(誰にだろうか)する事になるかもしれない。
そう考えると、今の段階で予定と未来予測を書いてしまったほうが良い気がした。

まず、結論から言うと文面は決まったが便箋に収まらない。
思えば、書く内容をまとめるために頭にある言葉をいったん全部吐き出そうと思って日記を書いて(まとめてはいない)いるのだ。
その日記ですら、あっという間に1500文字ぐらい埋め尽くされてしまうのだから、原稿用紙一枚分より小さくて少ない便箋では、まとまるものもまとめられない。

改めて整理をしよう。
今の生活を改める気はない。おそらく成長という観点、目標に向かって良い状態を作ると言う意味では今以上の状態はない。
ただし、今の状態は緊張状態が続くという事でもある。生きているだけで疲れているのは間違いない。
緩めすぎてはダメだが、締めすぎてもダメな状態である。

そろそろホットミルクにココア飲料のミロを溶かして飲みたくなるが、体が弱っている自覚がある今にそんな事をしたら私がトイレの花子さんになる事は目に見えている。
現にここしばらく、下痢便・便秘のような状態が続いており、下手をすると膵臓まで出すものはないのにトイレに行きたくなるような状態が散発している。
寝不足・空腹・寒気のトリプルパンチが効いているとしか思えないが、好きなことを好きなだけやり続けるというのは気力が滾るもので、どこかで気を抜けば一日中寝られそうな気さえする。

さて、毎日の状況を昨日夜遅くから日が昇る現在までの間に書いているわけだが、さすがに自身で感じていた直近の事だからか、非常に信憑性のある内容だな、と読み返して思う。
何もなければゲームの一つでも起動したいところだが、ゲームを遊ぶというのはながらプレイではなく一本一本を本気で取り組む姿勢を崩したくない私にとって、ある意味プログラミングやライティング(いま日記を書いているような作業)よりも消耗する存在である。
いずれも私にとっては楽しいものだが、無理やりたとえ話にすると遊び方がそれぞれに違うので使う頭も異なってくる。
プログラミングは段取り・論理などアルゴリズムが問われ、ライティングは思い出して整理する作業を繰り返しながらキーを叩く作業を続けるが、ゲームを遊ぶことは総合力を求められる。
たかがゲーム、されどゲームなのだ。

さて、最初に三時前だという話をした。
実はあれは結構サバを読んでいて、ざっくり40分ちょっと過ぎてたし、それぐらいから書いてるって言ったほうがマジっぽいよね、と思って適当に言ったものだった。
今時計を見ると、まだ三時にもなっていない状態で書いているのだ。
つまり、ざっくり十分ぐらいでこの日記は1ページ書いた事になる。
お風呂に入って休憩したり、眠気が訪れたのでちょっと姿勢を崩していたとしても、一時間に6記事書けるアフィリエイターは優秀すぎるぐらいだ。
これは売るための記事ではなく、書くための日記だから一概に比較はできないが、ただ生産性を高めるという観点ではもっと時間を掛けて吟味べきだろう。
もう半分近く寝ながら書いているようなものだ。
だが、忘れてはならない。この日記は、手紙に書く内容を整理するためのものなのだと。

結局の所、その時に感じたリアルを書けばいいのだが、
おっと、家族たちが起きてしまったらしい。もう手紙は書けないか。
やりようなどいくらでもあるが、体を過酷な状態に晒してまでやるのはリスクが高すぎる。
子供の寝付き次第だが、可能性に賭けるよりは日を改めて再度機会を見たほうが良いだろう。

とはいえ、「明日やろうは馬鹿野郎」である。仕事の遅い奴は信用ならない。
少し疑問点があってもレスポンスが早いほうが好まれる昨今、準備だけは完了できたほうが良い。

なんだったら、明日の日記を今書いてしまおうか?

© 2020-2021のむらやごろう(@elder_uncle)

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